【信州の匠】木工 日下部良也さん(木工房KUSAKABE)

公開日:2019/02/17(日) 更新日:2023/02/16(木) 家づくり

 

木を扱う楽しさを、ご一緒に

「ものづくりの楽しさを、体験で伝えたい。私ももともと素人ですから、プロと素人という線引きをせず一緒に楽しみましょうという気持ちでやっています」。

木のぬくもりある家具や小物をつくり、近年は木工体験の講師としても活躍する日下部良也さん。

この日、モデルハウスで開催したワークショップは “伊那谷香る、ヒノキのお風呂椅子”。
日下部さん考案の初めての体験メニューだ。
「なぜお風呂椅子かというと、私が欲しいものを皆さんと一緒に作りたかったから(笑)。毎日使うものだから、そのたびに手づくりの愛着を思い出してもらえるかなと」。

シンプルなつくりに見えて、少しのズレで不安定になる繊細さがあり、磨くほど肌触りのよさを増す工程に子どものみならず大人も夢中になっていく。

参加されたある60代ご夫婦は、完成した一脚をいつまでも愛おしそうに撫でるご主人の様子に「しばらくは抱いて眠るんじゃないかしら」と奥様が笑う。
この日もお客様にとって、木工への親しみが深まる貴重な体験になったようだ。

日下部さんの代表的な木工体験メニューといえば “エアパス引き子づくり”。
換気口の開け閉めに使う引き子を無垢の木で手作りする。風合いの異なるいろいろな樹種で、自分好みの形にアレンジできると好評だ。
「凝った形状のご要望も実現できるよう、筋道をつけながら一緒に制作していきます。木は加工しやすい材だから、身近に感じて楽しんでほしい」

 
木工体験でお客様に手ほどきする日下部さん。

 

地域の山を育み、子どもたちを育むために

この日のワークショップで使ったヒノキ材、実は日下部さん自らが伊那谷で伐採した木だという。
6年前から伊那市の薪ストーブ仲間たちと「西地区環境整備隊」なる有志団体を立ち上げ、間伐作業を請け負っているのだ。
目的は里山整備と薪づくりだが、山に行くと薪にするには勿体ない良材に出会うことがあり、家具用として買い取ることもあるのだそう。
「山主さんにとって “山の木がお金になった" 経験は、山に目を向けるきっかけになるはず。ユーザー目線のものづくりはもちろんですが、木の循環の一部を担う立場として、山の価値を高めるような貢献ができればと思っています」

ほかにも伊那市の “ウッドスタート” 事業に参加し、車のおもちゃなどをオリジナルで制作している。
「赤ちゃんがはじめて絵本に触れるブックスタートのように、はじめて木のおもちゃに触れるのがウッドスタート。地元産の木で、地域の子どもたちを育むお手伝いができる、やりがいのある仕事です」

伊那市に移住して17年、地域に根差した活動が伊那谷の山と人に良い循環を生み始めている。

 
日下部さん指導の下、お客様が手作りした引き子。
楕円型、しずく型、ビン型など、少しずつ形が異なる面白味がある(写真左)
電車好きのご家族の新幹線シリーズは超大作!(写真右)


"信州に移住し、未経験の木工を生業に" ――大胆な決断

今でこそ地域に根を下ろした活動が形になっている日下部さんだが、移住までの経緯はとても大胆だ。

もともとは出身地の大阪でサラリーマンをしていた日下部さん。体調を崩したこともあって、30才を目前に将来を模索し「やりたいことをやるなら最後のチャンスだ」と考えていた頃、ふらりと立ち寄った百貨店の木工家具展で出会いがあった。

「安曇野の工房のスタイリッシュな家具に惚れ惚れして見入っていたら、その作家さんが "家具をやっているんですか?" と声をかけてくれて。思わず "やるためにはどうしたら良いのでしょうか?" と聞き返していました」。その作家さんと話すうち、夢だったものづくりを信州でやろうと思い至った。

山好きな父と何度も訪れ、馴染みのある信州の地。
技術専門校があり、のどかな風景に魅力を感じた伊那市への移住を決意。
婚約者と一緒に引っ越し準備を進めていたのだが、技術専門校から届いたのはまさかの不合格通知。当時は木工ブームで入試倍率は約5倍、さらに県内出身者優先の原則に行く手を阻まれた格好だ。
「でも会社にはもう退職すると伝えたし、アパートも契約済。周りには"合格した"と見栄を張り、何の当てもないまま移住しましたが、とにかくワクワクしていました」

 

恐れずチャレンジし、人との縁をつなぐ

移住してからの17年間は、人との縁に何度も助けられてきたそうだ。

技術を学ぶ場を探し、ツテを辿って行き着いたのは建具屋。そこでの二年間の修行経験が、木工の基礎を学ぶ土台になった。
独立してからは、知人の空き家を工房として借り、口コミで少しずつ販路を開拓した。
ご近所に誘われて入団した消防団で、地域の人脈づくりができたことも大きかったという。

さらに、山里近くに念願のマイホームを構えたのが11年前。
希望する環境での売地はなかなか無く、地主さんの家を突撃訪問したり、建築依頼を決めていた工房信州の家の社長・小澤のマイカーに乗って一緒に空き地調査をしたことも。
運よく、別荘用に購入した土地を持て余しているという方に出会い、土地を譲ってもらったそう。

人とのつながりを引き寄せる、その行動力には驚かされる。

今では青年会議所や中学生キャリアフェスでの講演依頼が舞い込み、自身の歩みを広く伝える場も増えてきた。
「いちばん伝えたいのは、夢を諦めずしがみつけ、というメッセージ。冒険して失敗しても、必死にやっていれば周りが助けて応援してくれる、その連続で私はここまで来れました。自分の価値を決めつけるのではなく、確固たるビジョンがあれば恐れず進んでみるべきだと私の経験から感じてもらえたら」

伊那市の木々に囲まれた土地に建つ日下部さんの自宅には、広々とした土間サロンもある。
「森のなかに住みたい」という願いを、持ち前の行動力で実現させた。

 


 

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