【信州の匠】木工 前田大作さん(アトリエ・エムフォオ / atelier m4)

公開日:2019/02/22(金) 更新日:2023/02/16(木) 家づくり

 

信州の新しいものづくり・空間づくり

明治から100年続く木芸工房で江戸指物の技術を受け継ぐ四代目——そう聞くと、お堅いイメージを持つかもしれないが、しなやかな発想と行動力で信州の新しいものづくりをリードする若き匠がいる。それが前田木藝工房の四代目、前田大作さんだ。

2007年にはアトリエ・エムフォオ株式会社を立ち上げ、新しい木工制作のあり方を提案するとともに職人の育成もビジョンに掲げる。
エムフォオ(m4)とは、“前田”姓 と “四代目” の頭文字をとったものだ。

そんなアトリエ・エムフォオがこの5月、松本市街地に”城東スタジオ”をオープン。築51年の旧医院をリノベーションし、年月を重ねた空間を活かした店内は不思議な居心地よさがある。
「オープニングイベントには県内外から多くの方にお越しいただきました。中にはこのスタジオを見て、展示をしてみたいという企業や作家さん、料理のワークショップをやりたいという声もいただきました。僕たちのものづくりは ”空間づくり” だと思っているので、何かをやりたくなる場として新しい出会いが広がっていくことはとても嬉しいですね」

 

 

先入観を覆す、松枯れ材のキッチン

家具から小物まで様々な作品が展示されたスタジオ内で、ひときわ目を惹くのがキッチンだ。

特に正面の幕板は、インテリアの主役になりそうな個性的な表情で空間を彩る。
樹種を尋ねてびっくり、これは「アカマツの松枯れ材」だそう。

松くい虫に付かれた木は、青変菌によって一部が青黒く変色するが、初期のタイミングで適切に加工すれば木材の強度に影響はない。
「この松枯れ材を見て、嫌だなとおっしゃる方は今まで一人もいません。業界の常識としては、松枯れ材は一様に使い物にならないとされますが、それは先入観。想定外のデザインを見たユーザーへ新たなヒントを与えられるのは、クリエイトする側の面白さですね」

暮らしの中心にある、大切な空間であるキッチン。
アトリエ・エムフォオでは2年前から本格的にキッチン制作に乗り出し、既存のメーカー品とも作家の一点物とも違う新しい選択肢——地域資源を活かし、高いデザイン性とクオリティを備えた商品の安定生産を目指していく。

 
城東スタジオの中心に据えられた、松材で仕上げたキッチン。
松枯れのアカマツの変色をデザインとして活かす発想と技術は、前田さんならでは。

 


ねじれのカラマツ、山の曲者を信州ブランドに変える

地域材活用に精力的に取り組むアトリエ・エムフォオ。なかでも力を入れる木材が、信州カラマツだ。

県内の山のうち1/4はカラマツ林だが、クセが強く扱いにくいため建材や家具としては嫌厭され、主な用途は下地用合板にとどまってきた。
しかし戦後植林した木が今、利用適齢期を迎えている。若いカラマツはねじれながら成長することで耐寒性を保つが、樹齢60年を超えて強度が高まればねじれの性質もおとなしくなるそうだ。

前田さんは工芸家の枠を超え、材の選木・製材から加工まで一貫して関わる。
カラマツの家具には柾目(年輪が平行な木目)材を使うと決め、美しい木目と狂いの少ない仕上がりにこだわる。

「信州でいちばん身近な資源である“木”。使いにくいから使わない、という旧来の考え方には疑問がありました。前例が無いことに取り組むときエネルギーは必要ですが、林業・製材業・ユーザーからの声を聞きながら試行錯誤し、木のことを深く知っていく過程はとても楽しいです。最初の頃は失敗の連続でめげそうにもなりましたが、最近は反りが出ても“じゃじゃ馬が来たねー”と笑いながら付き合えるようになりました(笑)」

 
m4のカラマツ材をふんだんに使った長野古牧展示場。
キッチン幕板は樹齢約80年の八ヶ岳山麓のカラマツ(写真左)。壁やTV台には樹齢約60年のカラマツを使用。アクセントウォールは目透かし張りで、動きのある表情に。

 

自分の暮らしが地域と結びついている、という実感

実は前田さんが3年前に建てたマイホームも、カラマツの地産地消に取り組んだ家だ。

スギよりも強度に優れ、耐水性が高い(水が浸みにくい)、という特性を生かし、構造材・外壁・床・浴槽に至るまでカラマツを使い尽くした住宅だそう。

「自宅でありながらトライ&エラーの場。3年経って木の色艶も深まってきました。カラマツでできた家で、カラマツのテーブルを囲んでごはんを食べる日常は、子どもにとっても意味のあること。地域で育った材料と地域の人の手で自分の暮らしが成り立っているという実感は誇りになり、大人になって外に出るときの勇気にもつながると思うのです」

ユーザーの「知らなかった!」という反応が一番好きだと話す前田さん。これからも信州に眠る新たな魅力を発見し、私たちに届けてくれるはずだ。


カラマツの床。年月を重ねるごとに、色艶を深めていく。

 

 


 

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